
1961年 兵庫県芦屋市大東町に生まれる
1979年 神奈川県桐蔭学園卒
1983年 慶應大学商学部卒
1983年 (株)セコム入社
1984年 企業留学米国ジョージア州立大学院病院管理学専攻
1996年 セコム新橋支社長
1996年 セコム退社(脱サラ)
1997年 高尾山で炭焼き修行
1999年 南伊豆移住、竹炭を焼きながら夏は海の家バーベキュー食堂開始
2000年 貸別荘コテージ伊豆.COM開始
2003年 ネイチャーゲーム普及を目的にNPO法人日本エコクラブ創立、副理事長就任
2006年 南伊豆漁協准会員となり一本釣り漁師開始
2008年 南伊豆町、南伊豆観光協会、南伊豆漁協、南伊豆農林事務所と協力し
「南伊豆環境教育プロジェクト」を推進し、自然遊びのディズニーランド構想を旗揚げ
森本均(Hitoshi Morimoto) ニックネームは「タク」
誕生日 1961年1月19日、ヤギ坐、A型
身長168cm、体重70kg、
性格はストレート、
好きなこと、 自転車ロードバイク、漁船、司馬遼太郎全集、鯛鍋
南伊豆移住1999年
彼女は一人、マコ、ごはんを食べている時の顔がとても可愛い、2001年夏、私が海の家食堂でヤキトリを焼いている時にそれを買いに来たビキニの彼女をナンパ、2001年ひと夏の弓ヶ浜で一番美人を獲得するという目標を達成する、それ以来マコはうちの店の総料理長となる。
ブログ:弓ヶ浜を10倍楽しく遊ぶ日記






0311東日本大震災について。
私は山形県酒田市で小学校6年間過ごしました。あのときの田舎遊びが楽しくて、忘れられなくて、今の事業を興しました。私にとってあの6年間は人生の宝で、それを糧に40数年生きてきました。
その東北地方の大震災で23,626人の死者と行方不明者が発生し、そのうちの25%(5,795人)が宮城県石巻市に集中しました。わずかではありますが、私も今後宿泊業を続けている限り、石巻市に寄付することを決めました。宿泊者の皆さまからいただく宿泊料金の1%を毎月こちらに寄付させて頂きます。
http://www.city.ishinomaki.lg.jp/hishokoho/sinsai_gien-kifu.jsp
私達夫婦二人、けっして裕福な経済状態ではありませんが、少しづつでも、自らの戒めとして、末長く協力させていただくつもりです。お金のすべてが石巻市の復興に使われるようですし、法人でも個人でも100%税務上の損金になりますので、ご賛同いただける方がいらっしゃいましたら、ご一緒にいかがですか?
1961年生まれ、慶応大学商学部卒、セコム入社、
セコムでは、海外留学(米国ジョージア州立大学大学院病院管理学専攻)、海外事業部、新企画(医療)事業部、会長室、とセコムの新規事業部門で新規プロジェクトの立ち上げに参画し、14年後800ある支社の中で一番大きな新橋支社(部下20名)の最年少36歳支社長となる。
しかしここで自律神経失調症になり、通勤電車でウンコもらすようになり、次を考えないまま辞職願を提出した。その後2年間、家で朝から酒を飲んでるような廃人のような生活をしてる間に、とうとう800万円あった退職金も底を尽き、嫁が愛想を尽かし離婚、ここで真剣に己の人生を考え始めた、「俺は一体何がやりたいのか?」
会社勤めの14年間、日頃壁にぶちあたって挫折したとき、よく想い出す風景があった、それは小学校2年生の時当時住んでいた山形県酒田市の最上川で友達と釣りをしたり山に入ってアケビを採ったり土手で焚き火をしたり・・・その風景がいつも私を元気づけた、「そうか、神様は俺にこういうことをやれ!と言っているのか・・・」と一人合点し西東京の高尾山山系の陣馬山に以前本で読んだ炭焼き職人を訪ねて行き、その場で即弟子入りした。
冬の12月で、あたり一面真っ白の銀世界、テント一枚で冬山で暮らしながら、きこり(週3回森林組合間伐作業員見習で手取り月5万円)をしながら炭焼き修行に励んだ。
そんなとき、28歳の時に受けた自己探求セミナー(ブレイクスルーテクノロジー)の同級生から南伊豆弓ヶ浜に竹山を持っているのでそこで炭を焼いて生計を立てないかとのお誘いがあり、渡りに船で即決、80万円入った預金通帳とチェンソーと軽バンとテントを持って南伊豆弓ヶ浜に移住した。
当初はひたすら山にこもって竹炭を焼いていたが、これが全く売れず金にならない、それでやけくそで自分が焼いた竹炭で夏の海水浴シーズンにヤキトリを焼いて売り出した。これが思わぬ反響を呼んで一夏行列ができ移住初年度ヤキトリだけで一夏230万円売り上げ、その金を頭金として翌年国民金融公庫から800万円の融資をなんとかとりつけて貸別荘ログコテージ2棟建て宿泊業を開始する。「ビーチへ30mのコテージ」として人気が出て来て常連客も増え2003年1棟増築。
その後、インターネットからの集客も増加し、2008年に年間宿泊数450日(稼働率41%)という日本一の稼働率の貸別荘となり、南伊豆で行列のできるのログコテージになった。
現在は、彼女(マコ)と二人暮らし、目標は10年後、この南伊豆に自然遊びのディズニーランドを創ること。
信条は、人生1回きり、不退転、知行合一。
50にもなって勝手気ままな人生を歩んでいますが、どうぞよろしくお願い致します。
コテージ伊豆.comオーナー 森本より
(自律神経失調症、退職、離婚、弓ヶ浜移住、海の家を起業、、、については
こちらのブログ(プロフィール1〜6)で詳しく書きましたので興味ある方はぜひお読み下さい)